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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)773号 判決 1968年11月12日

原告

鈴木考

被告

藤堂進

主文

一、被告は原告に対し金六〇万円およびうち金五二万円に対する昭和四三年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告――「被告は原告に対し七五〇万円およびうち六五八万に対する昭和四三年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決および仮執行の宣言

二、被告――「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二、請求原因

一、(事故の発生)

昭和四二年二月二二日午前八時頃、神奈川県川崎市生田二一八五番地先道路において、被告運転の普通貨物自動車(多摩一な三一〇九号、以下甲車という。)と原告運転の自動二輪車(川崎市四六二七三番、以下乙車という。)とが接触し、原告は乙車もろとも路上に転倒し、その右手を甲車の左前輪で轢過され、右手関節部重度挫滅創、右拇指離断等の傷害を受けた。

二、(被告の地位)

被告は甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供する者であつた。

三、(原告の病状)

原告は前記傷害のため、事故当日から昭和四二年一二月三一日まで百合ケ丘中央病院において入、通院とも各約五か月の治療を受け、外傷は一応治癒したものの、右傷害の後遺症として、右手および右手の指の関節がそれぞれ強直または拘縮を示して右手および右手の指が機能を廃し、右手の拇指が欠損してしまつた。

右後遺症は、労働基準法施行規則身体障害等級七級に該当する。

四、(損害)

(一)  休業損害 六一万円

原告は建築請負業訴外佐々木章三に雇われ、大工として働いていたが、事故発生の翌月昭和四二年三月から同四三年六月までの一六カ月間、前記傷害のため全く働くことができず、一か月平均四万八〇〇〇円として合計七六万八〇〇〇円の収入を得ることができなかつた。原告は右休業損害中、一〇万円については強制保険金を受領し、四万円については被告から弁済を受けたので、これを控除すると残額は六一万円(一万円未満切捨)となる。

(二)  逸失利益 三七七万円

原告は昭和四三年七月から満六〇才に達する同七七年六月までの三四年間、大工として働き毎年度一カ月平均五万円の収入を得られるはずであつたが、前記後遺症のため、昭和四三年七月から同四八年六月までの五年間は労働能力の五五パーセントを喪失し、その次の一〇年間は四〇パーセントを、その次の一九年間は三〇パーセントをそれぞれ喪失してしまつた。

そこで年度の収入損が当該年度の末日に生ずるものとして、各年度の収入損ごとに期間の初日昭和四三年七月一日から収入損発生日までの中間利息を年五分の割合によりホフマン式(複式、年別)計算法により控除して、昭和四三年六月三〇日を基準時としてその一時払額を求めると四五七万円(一万円未満切捨)となる。ところで原告はそのうち八〇万円については強制保険金を受領したので、これを控除すると残額は三七七万円となる。

(三)  慰藉料 二二〇万円

原告は本件事故により多大の精神的苦痛を蒙つたが右苦痛に対する慰藉料としては二二〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用 九二万円

ただし手数料、謝金ともに四六万円

五、(結論)

よつて原告は被告に対し自賠法三条により、以下合計七五〇万円およびうち弁護士費用を除いた六五八万円に対する逸失利益算定の基準日の翌日である昭和四三年七月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する認否

一、請求原因第一項中、甲車と乙車とが接触した事実は否認し、原告の傷害の内容は不知。その余の事実は認める。

二、同第二項は認める。

三、同第三項中、原告の後遺症が労働基準法施行規則身体障害等級七級に該当する事実は認め、その余は不知。

四、同第四項中、原告が治療費として支払われた強制保険金の一部である一〇万円を休業補償に充当した事実、被告が原告に対し四万円を支払つた事実および原告が強制保険金八〇万円を受領した事実は認め、その余は不知。

第四、被告の抗弁

一、(免責の抗弁)

(一)  運行供用者および運転者である被告の無過失

被告は甲車を時速約四〇粁の速度で運転し、町田線県道を町田方面から世田谷方面に向けて進行し、小田急読売ランド駅の裏に出た。事故の発生した交差点の手前三〇米の地点において後続車のないことを確認して左折の方向指示器をつけ、甲車の速度を落して道路左端に寄り横断歩道中央から左折行為を開始したのであつて、被告としては万全の注意をしていた。

(二)  被害者である原告の過失

自動車運転者たる者は交差点付近においては速度を落し、かつ先行車、後続車の動向に十分注意していつでも停車できるよう徐行する義務があるにもかかわらず、原告は乙車を少なくとも時速四〇粁の速度で運転して、交差点に接近し、しかも先行車である甲車が左折の方向指示器を出しているにもかかわらず、これを無視して進行した過失により本件事故を惹起したのである。

(三)  機能、構造上の無欠陥

甲車には機能の障害も構造上の欠陥もなかつた。

二、(過失相殺)

仮りに被告に責任があるとしても、原告には前記のような過失がある。

第五、抗弁に対する原告の認否

いずれも否認する。

第六、証拠 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項の事実中、甲車と乙車との接触および原告の傷害の内容の点を除きその余は当事者間に争いがない。甲車の左前輪と乙車の前輪とが接触し、その反動によつて原告が乙車もろとも路上に転倒し、甲車の左前輪が原告の右手を轢過した事実は以下第二項で認定するとおりであり、〔証拠略〕によれば、原告はその主張どおりの傷害を負つた事実が認められる。

二、(被告の責任)

請求原因第二項の事実は当事者間に争いがないので、被告は免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条の責任を負わなければならない。

そこで免責の抗弁について判断する。

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。当裁判所は、目撃者福田馨の証言を高く評価するものであつて、甲第七、八号証の各記載、証人畠山茂郎および被告本人の各供述中、これに反する部分は措信しない。その他前掲各証拠中、後記認定に反する部分は採用しない。

1  事故現場の状況

本件事故現場は、南西は町田方面に、北東は世田谷方面に小田急線と平行して走る有効幅員八・二米のアスフアルト舗装道路(以下本件道路という。)と北は菅方面に南は小田急読売ランド駅前方面に走る道路とが斜めに交わる交差点であり、本件道路は歩車道の区別のない道路で、道路の両側にはコンクリートの蓋の設置されている側溝がある。町田方面から本件交差点に入る手前の本件道路上に幅員約四米の横断歩道がある。事故当時本件交差点から約三〇米町田方面寄りの本件道路北側端に「左折注意」の立看板があつた(本件事故後撤去された)。

2  甲車の動静

被告は甲車を運転して時速三五―四〇粁の速度で本件道路を町田方面から世田谷方面に向けて進行し、「左折注意」の立看板のあたりで左後方の安全を確認すると同時に菅方面に左折するための合図を方向指示器によりなした。そして左後方に車が見あたらなかつたので甲車を道路左端に寄せつつ、速度を落しながら直進し、横断歩道のあたりまで進行した後、左後方の安全を確認しないまま左折を開始した。その途端乙車が甲車に接触した軽いシヨツクを感じ、乙車のブレーキ音を聞いた。驚いて目を左方にやつたとき甲車の運転席の窓ごしに原告または乙車の姿をちらつと見かけたので、急制動をかけた。被告は右の急制動の直前まで乙車および原告の存在については全く気が付かなかつた。甲車の左前輪に乙車との接触痕があつた。

3  乙車の動静

原告は訴外畠山茂郎を後部座席に同乗させて乙車を運転し、本件道路を甲車同様町田方面から世田谷方面に向けて進行した。事故現場付近にさしかかつた頃の乙車の速度は時速五〇―六〇粁であつた。乙車の前方を先行する甲車と乙車との間には訴外福田馨の同乗する車が走つていたが、右訴外車は甲車が左折の合図を開始し減速したため、甲車の右側に出るべく右方に方向を変えた。そして約一五米ほどあつた甲車と訴外車との間隔が七―八米に狭まつた頃には、甲車はその前部を横断歩道に入れ、車体を左に曲げ始めていた。その瞬間道路左端を前記速度のまま進来した乙車が訴外車を左側から追い抜いた。原告は甲車が左折の合図を出しているのを訴外車の追い抜きにかかる前に発見していたが(甲、乙車と訴外車との位置関係から見て甲車の左折合図を原告が認めることは十分可能であつた。)、甲車が左折する前にその左側を通過しうると軽信して何ら減速の措置をとることなくここまで進行してきたが、訴外車を追い抜いた頃、既に左折を開始していた甲車の進行状況を見て、同車が左折する前にその左側をすり抜けることは不可能と判断し、あわてて急制動の措置をとりつつ、ハンドルを左に切つた。しかし既に間に合わず、甲車の左前輪に乙車の前輪を衝突させ(証人福田馨の証言中、これに反する部分のみは採用しない。)、乙車もろとも路上に転倒し、甲車の左前輪によつて右手を轢過された。乙車に同乗していた訴外畠山茂郎は乙車が前記訴外車を追い抜いた直後危険を察知して乙車から飛び下り難をのがれた。甲車と乙車との衝突地点は横断歩道内の交差点寄りであり、乙車のスリツプ痕は衝突地点の手前から三・五米にわたつて路面に痕跡をとどめていた。

(二)  右認定の諸事実に基づき、被告の過失の有無を判断する。

被告は事故現場の手前約三〇米の地点で後方の安全の確認をして以来、左折の合図をしただけで一度も左方および左後方の安全の確認をしないまま左折行為に入つているのであるが、甲車の左側面と道路端との間には乙車のような単車が十分通行しうる余地が残つていたのであるから、割込車はないものと軽信することなく、左折するにあたりいま一度左方および左後方の安全を確認すべきであつた。しかるに被告が右義務を怠つたため本件事故は惹起されたのであり、被告は過失を免れえない。従つて免責の抗弁はその余の判断に及ぶまでもなくこれを採用することができない。

三、(過失相殺)

前項認定の経過からは、本件事故の主因は、時速五〇―六〇粁の高速で無謀な追抜き行為を敢行した原告の運転に存すると言うべきであり、認定にかかる諸事情を勘案すると、原、被告の過失割合は、大体原告八、被告二と見るのが相当である。

四、(原告の病状)

〔証拠略〕によれば、原告は前記傷害のため、事故当日から昭和四二年七月三日まで百合ケ丘中央病院に入院し、退院後は訴外佐々木章三方にいたが、同年八月一九日から九月一三日まで再度同病院に入院し、退院後はまた右訴外人方にいたこと。昭和四三年一、二月頃東京に移転し、同年四月手に移植した皮膚が腐り始めたため慈恵医大に入院し、現在に至つていること、右傷害の後遺症として、右手および右手の指の関節がそれぞれ強直または拘縮を示して右手および右手の指が機能を廃し、右手の拇指が欠損してしまつたことが認められる。右後遺症が労働基準法施行規則身体障害等級七級に該当することは当事者間に争いがない。

五、(損害)

(一)  休業損害

〔証拠略〕によれば、原告は訴外佐々木章三に雇われ大工として働いていたが、本件受傷のために昭和四二年三月から同四三年六月までの一六カ月間、大工として稼働できなくなりその主張どおりの七六万八、〇〇〇円の収入を得ることができなかつたことが認められる。ところで前示原告の過失を斟酌するとそのうち一五万円(一万円未満切捨)を被告に対し賠償を求めうる額と見るのが相当である。右金額から原告が受領したことにつき当事者間に争いのない一四万円(強制保険金一〇万円、弁済金四万円)を控除すると残額は一万円となる。

(二)  逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は昭和一八年一月五日生まれの健康な男子であつたこと、同人は毎月少くとも五万円の収入を得ていたことおよび大工の仕事は通常六〇―六五才まで稼働可能であること等が認められる。従つて原告は本件事故にあわなければ昭和四三年七月から満六〇才に達する頃までの三四年間大工として働き、今後とも毎月五万円を下らない収入を得続けたであろうと推認される。

原告の失つた労働能力の割合については、同人の右手の後遺症が七級に該当することを考慮すると原告の主張する割合を下まわることはないと推認されるので、原告主張どおりこれを認める。そして、原告の稼働能力は、その職業の性質上、労働能力に比例すると見るべきであるから、原告の将来得べき収入の中、右労働能力の喪失割合に応ずる分が将来失われるものと推認してよい。

そこで年度の収入損が当該年度の末日に生ずるものとして、各年度の収入損ごとに期間の初日昭和四三年七月一日から収入損発生日までの中間利息を年五分の割合によりホフマン式(復式、年別)計算法により控除して、昭和四三年六月三〇日を基準時としてその一時払額を求めると原告主張どおり四五七万円(一万円未満切捨)となる。ところで前示原告の過失を斟酌するとそのうち九一万円(一万円未満切捨)が被告に対し賠償を求めうる額と見るのが相当である。右金額から原告が受領したことにつき当事者間争いのない強制保険金八〇万円を控除すると残額は一一万円となる。

(三)  慰藉料

原告の入、通院の態様、後遺症の状況、原告の本件事故発生についての過失等前認定にかかる諸般の事情や甲第七号証中の被告の見舞いに関する記載等を考慮すると、原告が蒙つた精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料としては、四〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用

以上により原告は被告に対し五二万円の損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告らがこれを任意に弁済しないことは弁論の全趣旨により明らかであり、〔証拠略〕によれば、原告は東京弁護士会所属弁護士坂根博範に対し本訴の提起と追行とを委任し、本判決言渡日を支払日として九二万円(手数料、謝金各四六万円)の債務を負うことになつたと認められ、本件事案の難易、前記請求認容額その他本件に現われた一切の事情を勘案すると、そのうち八万円を本件事故に基づく原告の損害として被告に賠償させるべき金額と認めるのが相当である。

六、(結論)

以上により原告の本訴請求は、以上合計六〇万円およびうち弁護士費用を除いた五二万円に対する逸失利益算定の基準日の翌日である昭和四三年七月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 荒井真治 原田和徳)

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